よく言えば、低体温での山行トレーニング
装備不足の怖さを実感!!
第七章 エピローグ
この備忘録は、登山ガイド梅田正弘氏の備忘録に続きます。合わせてお読みください。
ひと月経ち、やっと冷静に振り返ることができた。
怪我なく帰って来れたことが、未だに信じられない様な心持ちが続いている。
ひどい低体温状態になった2回目の真夜中、
ぼんやり迫る恐怖感に背中を押されて、力なく歩いた。
脚を止めれば「凍るぞ」とじぶんを鼓舞する声が、しっかりと体に響いてくれていた。脳はしっかり機能している証拠だった。
「震えたら食べろ」
とにかく食べなければ、凍える、歩けなくなる!
低体温症攻略の常識。
低体温症は、一年中起こる。
暑い夏でさえ、暴風雨に晒されれば、あんなに暑がっていた身体があっけなく冷える。
真夏、防寒着やツエルト、ガスをザックに入れずに山に行くことがあるが、そんな日に容赦なく、登山者に襲いかかるのが、低体温症だとおもう。
今回の山行は、訓練に近く、トレーニングゾーンの山行に入ると思う。
睡眠を取らない状態で出発。「長時間」「緊急ビバーク込み」で歩くアップダウンの多い縦走路。
有事には、エスケープもあろうが、今回は、完歩を誓って出発したのだった。
疲労レベルや体温調整、体の水分調整など、体の声に耳を傾け、回収したモニタリング材料を分析しながら、自分という体を操縦しながら、縦走は進行していく。
自然相手であるから、万人が同じ行動様式を取れないのが登山。冒険要素の強い今回の縦走。
まずは折り込み済みの眠気や疲労、幻覚がいつくるか、どこまでコントロールできるか、そこが興味の中心。余裕があった最初の頃はこんな呑気な心持ちだった。
歩きはじめて18時間ほど経って、眠気が酷くなり、ふらつき始める。
主たる「失敗」は、靴の中まで濡れてしまっていること、間違って防寒着にダウン持ってきたために、すでに保温性が弱く、寒気が常時あることだった。
この失敗は、いただけない。失敗中の失敗。
ひと月経って、あの寒い経験が「低体温症の山中訓練」に熟成したが、一歩間違えれば、痩せ尾根で滑落しかねなかった。
この縦走では、梅田氏の監視、管理する力(互いに監視し合うことが山では重要)を信頼していたことがおおきい。監視、声かけで、互いに安全を担保し合う。
また、ギアやレイヤリングでの不具合は、命を危険に晒すことも、今だから、実感してのんびりと書き残せるが、和賀岳からの下山時に、梅田氏の化繊を借りなければ、低体温が回復することなく、関節の動きも鈍く、歩行スピードがもっと遅れていたに違いない。
低体温症は、体の機能を隅々まで低下させる。
体も必死で生きようとしながらも、有事に備えて「休め!」と機能を停止させようと必死に信号を送ってくる。
1度め、ツエルトでのビバーク。
平場がなく、ツエルトを、やや緩斜面に張った。実際の選定は難しい。
普段は、出来るだけ平らな場所を見つけて、、、と伝える側であるが、実際は難しい。歩くか、止まるかと迷いながら、、いざビバークするときは、疲労困憊と眠気でやむなしと、なだれる様に決めるもの。
そんな中、場所の選定、ツエルト設営、食べ物準備など、淡々とすすめていく梅田氏。「甘えるなかれ。いや、ここは任せよう!」
頭の中で、悪魔にも天使にも化ける「司令塔」がさけんでくれている。
ツエルトに潜り、ザックを背中に横になる。
斜面がきつい。レスキューシートをかぶると、いくらか落ち着く。
1時間経った。眠れない。寒い。寒い。寒い。足が冷たい。靴紐を緩めればよかった。後悔する。ダウン持ってきたらよかったな。強く後悔する。
一番の後悔は、絶大なる体温調整の根幹!ベースレイヤーを忘れ、速乾性の高い夏用の長袖シャツだったこと。容赦なく体を冷やしてくれる「憎いやつ」によって、汗は蒸発し、ツエルトの内側の壁を濡らしている。
ツエルトの結露はさらに、冷たい雫となって、脚を濡らし始める。大きく大きく後悔する。こんな時、「腹を括る」ことが大事だということは経験で知っている。
ネガティブな精神はますます、体温を下げるといった研究結果があるらしい。
心持ちが体温を上げるのである。
人間の体は不思議だ。
「もう寝なくてもいい」腹を括ることに成功する。
括る腹も、1回目までは容易かった。
寒さに耐えきれなくなり、「さあそろそろ」と梅田氏声をかける。よく寝た様で、とてもうらやましい。自分を呪いそうになるが、ギアを切り替える。
寒いときは「食べろ」が鉄則。
普段は食べない「焼きそばパン」を梅田氏とシェアする。
副交感神経発動スイッチ、ON!
梅田氏もやぶさかではない顔つきだ。
薬師岳を目指し出発。10分ほどで体は温かくなる。
熱をせっせと産生してくれる筋肉活動に、心より感謝を申し上げたい。
安堵はここまでで終わる。
ああ、稜線に出れば、登りから解放される、、と思ったら、
稜線は、湿度100%ガスの中、真夜中、強風の中。ヘッデンの先は、真っ白。
ここは雪山か?と思うほど白い。足元は見えない。見えない。
転ぶ。転ぶ。足元が見えない登山道というのは、、まるで、濁った沢を歩いている様。
登山ガイドとしては、とても勉強になる経験(訓練)、、なのではあるが。寒い寒い授業は続いた。
幻覚、寒気、疲労、眠気の中、しっかりとエネルギー補給をしていたおかげで、空腹感はなく、胃腸は問題なかった。
夜中の2時、ビバークすることになった。風をかわせる、窪地を見つけ、そこにツエルトを設営する。全身濡れている。
行動を止めるのが怖かったが、出発から25時間
体を横にする効果はあるだろうと横になる。
寒い。寒い。
梅田氏の大腿部外側に自分も同じ部位を、接触させてみる。
雨具越しではあるが、温かさを拾える。
この、暖かさで震えは少し和らぐ。
腹筋に力を入れて、何度かロングブレスをすると、震えが止まる。
数分は眠れたようで、ホッとする。
「自分は眠れている」都合の良い方を信じる。
正常性バイアスが、発動しまくっているが、メンタル処置として必要。
ツエルトの外に出るのが躊躇われるほど、寒さがきつい。体感では0°くらいかもしれない。
夜明け前が一番寒い。太陽が遠い。もっと劇的な変化を感じたかったが、夜明けはぼんやりやってきた。
ただ、じんわりと太陽の熱を感じる一方で、びっしょりと濡れた胸まである草や藪。
まるで、冷たい水の中を泳いでいる様。
山歩きは、本当に気をつけたほうがいい。
歩いているのが、私たちでよかったと、思うほど、
展望がない薬師岳から和賀岳の山道は厳しいものだった。
和賀岳山頂 5時51分到着。心は何にも動かなくなっている。
さあ、激下りの下山路をしっかり歩かないと落ちたら大変だ。
食べ物では上がらない体温を少し上げることにした。
梅田氏も寒いだろうが、防寒着を借りた。背に腹は、のタイミング。体温が少し上がり、動ける。
沢の渡渉はやけばちであった。なんだか、山で暮らす獣の気持ちが、わかる様な気がする。
あとはひと登り、のつもりが、長い長い長い、下山路。
これぞ高下コース!
途中、何度か冬山にも同行した友人とすれ違うが、頭が働かないせいか、わからない。
久しぶりに遭う登山者とすれ違うたびに、無事に帰還できたという喜びと安堵に包まれていく。
山に鍛えられるとはこういう、ことなのかもしれない。
私が学んだ、登山医学や運動生理学は、素晴らしい登山技術一つだと思う。
一方で、多くの犠牲があったこと、
さまざまな事故が登山者を注意深く歩かせ、確かな安全登山の啓蒙に繋がっていく。
そして、多くの登山技術のあり方を磨いてきた。
あえて、厳しい条件で、縦走を計画し、実行した。
ごく個人的で「訓練」に近い山行であり、人には決して勧められるものではない。
また、登山道を整備した際に紛失した眼鏡やゴーグルを探すこと、また、コースタイムを検証したいという目的もあった。
長谷川恒男カップ、日本山岳耐久レースに近い、疲労感と寒さであった。
昨夜、「秋冬登山教室 低体温症理解」を終えて、整理できた心持ちを少しずつ綴った。
同行した梅田氏に感謝を捧げたい。いや、もう、先週あたり、白神付近で、捧げ終わった(笑)
最後に、この登山道を地道に整備してくださっている秋田、岩手の方々に心から敬意を感じ、感謝を申し上げたい。
刈り払い前、後、で歩いたせいか、刈り払いが困難を極めたことを何度も実感する場所が多数あった。本当に頭が下がるおもいが余韻として続く。
綺麗に刈られた登山道を「歩く」ことで返したいと思う。
#真昼山地
#奥羽山脈
#脊梁山脈
#六郷ダム
#縦走
#白糸の滝
#ブナ見平
#熊見平
#女神岳
#真昼岳
#音動岳
#北ノ又岳
#峰越林道
#鹿ノ子岳
#水無分岐
#川口県境分岐
#南風鞍
#風鞍
#中ノ沢岳
#すずみ尾根
#甲
#大甲
#薬師岳
#小杉山
#小鷲倉
#大鷲倉
#和賀岳
#コケ平
#高下登山口