真昼山地 全縦走 六郷〜和賀岳 高下口 33時間 ビバーク含 低体温

よく言えば、低体温での山行トレーニング

装備不足の怖さを実感!!

第七章  エピローグ      

この備忘録は、登山ガイド梅田正弘氏の備忘録に続きます。合わせてお読みください。

                     

ひと月経ち、やっと冷静に振り返ることができた。

怪我なく帰って来れたことが、未だに信じられない様な心持ちが続いている。

ひどい低体温状態になった2回目の真夜中、

ぼんやり迫る恐怖感に背中を押されて、力なく歩いた。

脚を止めれば「凍るぞ」とじぶんを鼓舞する声が、しっかりと体に響いてくれていた。脳はしっかり機能している証拠だった。

「震えたら食べろ」

とにかく食べなければ、凍える、歩けなくなる! 

低体温症攻略の常識。

低体温症は、一年中起こる。

暑い夏でさえ、暴風雨に晒されれば、あんなに暑がっていた身体があっけなく冷える。

真夏、防寒着やツエルト、ガスをザックに入れずに山に行くことがあるが、そんな日に容赦なく、登山者に襲いかかるのが、低体温症だとおもう。

今回の山行は、訓練に近く、トレーニングゾーンの山行に入ると思う。

睡眠を取らない状態で出発。「長時間」「緊急ビバーク込み」で歩くアップダウンの多い縦走路。

有事には、エスケープもあろうが、今回は、完歩を誓って出発したのだった。

疲労レベルや体温調整、体の水分調整など、体の声に耳を傾け、回収したモニタリング材料を分析しながら、自分という体を操縦しながら、縦走は進行していく。

自然相手であるから、万人が同じ行動様式を取れないのが登山。冒険要素の強い今回の縦走。

まずは折り込み済みの眠気や疲労、幻覚がいつくるか、どこまでコントロールできるか、そこが興味の中心。余裕があった最初の頃はこんな呑気な心持ちだった。

歩きはじめて18時間ほど経って、眠気が酷くなり、ふらつき始める。

主たる「失敗」は、靴の中まで濡れてしまっていること、間違って防寒着にダウン持ってきたために、すでに保温性が弱く、寒気が常時あることだった。

この失敗は、いただけない。失敗中の失敗。

ひと月経って、あの寒い経験が「低体温症の山中訓練」に熟成したが、一歩間違えれば、痩せ尾根で滑落しかねなかった。

この縦走では、梅田氏の監視、管理する力(互いに監視し合うことが山では重要)を信頼していたことがおおきい。監視、声かけで、互いに安全を担保し合う。

また、ギアやレイヤリングでの不具合は、命を危険に晒すことも、今だから、実感してのんびりと書き残せるが、和賀岳からの下山時に、梅田氏の化繊を借りなければ、低体温が回復することなく、関節の動きも鈍く、歩行スピードがもっと遅れていたに違いない。

低体温症は、体の機能を隅々まで低下させる。

体も必死で生きようとしながらも、有事に備えて「休め!」と機能を停止させようと必死に信号を送ってくる。

1度め、ツエルトでのビバーク。

平場がなく、ツエルトを、やや緩斜面に張った。実際の選定は難しい。

普段は、出来るだけ平らな場所を見つけて、、、と伝える側であるが、実際は難しい。歩くか、止まるかと迷いながら、、いざビバークするときは、疲労困憊と眠気でやむなしと、なだれる様に決めるもの。 

そんな中、場所の選定、ツエルト設営、食べ物準備など、淡々とすすめていく梅田氏。「甘えるなかれ。いや、ここは任せよう!」

頭の中で、悪魔にも天使にも化ける「司令塔」がさけんでくれている。

ツエルトに潜り、ザックを背中に横になる。

斜面がきつい。レスキューシートをかぶると、いくらか落ち着く。

1時間経った。眠れない。寒い。寒い。寒い。足が冷たい。靴紐を緩めればよかった。後悔する。ダウン持ってきたらよかったな。強く後悔する。

一番の後悔は、絶大なる体温調整の根幹!ベースレイヤーを忘れ、速乾性の高い夏用の長袖シャツだったこと。容赦なく体を冷やしてくれる「憎いやつ」によって、汗は蒸発し、ツエルトの内側の壁を濡らしている。

ツエルトの結露はさらに、冷たい雫となって、脚を濡らし始める。大きく大きく後悔する。こんな時、「腹を括る」ことが大事だということは経験で知っている。

ネガティブな精神はますます、体温を下げるといった研究結果があるらしい。

心持ちが体温を上げるのである。

人間の体は不思議だ。

「もう寝なくてもいい」腹を括ることに成功する。

括る腹も、1回目までは容易かった。

寒さに耐えきれなくなり、「さあそろそろ」と梅田氏声をかける。よく寝た様で、とてもうらやましい。自分を呪いそうになるが、ギアを切り替える。

寒いときは「食べろ」が鉄則。

普段は食べない「焼きそばパン」を梅田氏とシェアする。

副交感神経発動スイッチ、ON!

梅田氏もやぶさかではない顔つきだ。

薬師岳を目指し出発。10分ほどで体は温かくなる。

熱をせっせと産生してくれる筋肉活動に、心より感謝を申し上げたい。

安堵はここまでで終わる。

ああ、稜線に出れば、登りから解放される、、と思ったら、

稜線は、湿度100%ガスの中、真夜中、強風の中。ヘッデンの先は、真っ白。

ここは雪山か?と思うほど白い。足元は見えない。見えない。

転ぶ。転ぶ。足元が見えない登山道というのは、、まるで、濁った沢を歩いている様。

登山ガイドとしては、とても勉強になる経験(訓練)、、なのではあるが。寒い寒い授業は続いた。

幻覚、寒気、疲労、眠気の中、しっかりとエネルギー補給をしていたおかげで、空腹感はなく、胃腸は問題なかった。

夜中の2時、ビバークすることになった。風をかわせる、窪地を見つけ、そこにツエルトを設営する。全身濡れている。

行動を止めるのが怖かったが、出発から25時間

体を横にする効果はあるだろうと横になる。

寒い。寒い。

梅田氏の大腿部外側に自分も同じ部位を、接触させてみる。

雨具越しではあるが、温かさを拾える。

この、暖かさで震えは少し和らぐ。

腹筋に力を入れて、何度かロングブレスをすると、震えが止まる。

数分は眠れたようで、ホッとする。

「自分は眠れている」都合の良い方を信じる。

正常性バイアスが、発動しまくっているが、メンタル処置として必要。

ツエルトの外に出るのが躊躇われるほど、寒さがきつい。体感では0°くらいかもしれない。

夜明け前が一番寒い。太陽が遠い。もっと劇的な変化を感じたかったが、夜明けはぼんやりやってきた。

ただ、じんわりと太陽の熱を感じる一方で、びっしょりと濡れた胸まである草や藪。

まるで、冷たい水の中を泳いでいる様。

山歩きは、本当に気をつけたほうがいい。

歩いているのが、私たちでよかったと、思うほど、

展望がない薬師岳から和賀岳の山道は厳しいものだった。

和賀岳山頂 5時51分到着。心は何にも動かなくなっている。

さあ、激下りの下山路をしっかり歩かないと落ちたら大変だ。

食べ物では上がらない体温を少し上げることにした。

梅田氏も寒いだろうが、防寒着を借りた。背に腹は、のタイミング。体温が少し上がり、動ける。

沢の渡渉はやけばちであった。なんだか、山で暮らす獣の気持ちが、わかる様な気がする。

あとはひと登り、のつもりが、長い長い長い、下山路。

これぞ高下コース!

途中、何度か冬山にも同行した友人とすれ違うが、頭が働かないせいか、わからない。

久しぶりに遭う登山者とすれ違うたびに、無事に帰還できたという喜びと安堵に包まれていく。

山に鍛えられるとはこういう、ことなのかもしれない。

私が学んだ、登山医学や運動生理学は、素晴らしい登山技術一つだと思う。

一方で、多くの犠牲があったこと、

さまざまな事故が登山者を注意深く歩かせ、確かな安全登山の啓蒙に繋がっていく。

そして、多くの登山技術のあり方を磨いてきた。

あえて、厳しい条件で、縦走を計画し、実行した。

ごく個人的で「訓練」に近い山行であり、人には決して勧められるものではない。

また、登山道を整備した際に紛失した眼鏡やゴーグルを探すこと、また、コースタイムを検証したいという目的もあった。

長谷川恒男カップ、日本山岳耐久レースに近い、疲労感と寒さであった。

昨夜、「秋冬登山教室 低体温症理解」を終えて、整理できた心持ちを少しずつ綴った。

同行した梅田氏に感謝を捧げたい。いや、もう、先週あたり、白神付近で、捧げ終わった(笑)

最後に、この登山道を地道に整備してくださっている秋田、岩手の方々に心から敬意を感じ、感謝を申し上げたい

刈り払い前、後、で歩いたせいか、刈り払いが困難を極めたことを何度も実感する場所が多数あった。本当に頭が下がるおもいが余韻として続く。

綺麗に刈られた登山道を「歩く」ことで返したいと思う。

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